小田急電鉄
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小田急ロマンスカー

3000形(SE・SSE)
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3000系SE車 ●小田急ロマンスカー3000形(SE・SSE)
小田急電鉄を語るのに絶対に外せないのが、3000形ロマンスカー(特急形車両)です。1957年7月6日より営業運転を開始しました。
1957年に8両3編成(24両)、1959年に8両1編成(8両)の計32両が製造され、1968年に国鉄御殿場線電化に伴って8両編成を5両編成にする改造をしました。
8両編成をSE、5両編成をSSEと呼ばれ、1991年3月15日まで運行していました。
3000形(1/80模型)
基本設計は国鉄鉄道技術研究所(現・鉄道総合技術研究所)の技術協力を得ると共に、日本車輌製造や川崎車輛(現・川崎重工)等の車両製造メーカー及び東京芝浦電気(現東芝)や東洋電機製造と共同開発で行われ、当時の最新技術を惜しみなく投入した革新的な特急形電車として完成しました。
流線形の前頭部形状は、国鉄鉄道技術研究所の協力で風洞実験を繰り返した結果、空気抵抗を可能な限り減少させた車体は空気抵抗軽減と軽量化及び低重心化に至り、普通鋼を用いながら車体断面を着席乗客と通路歩行に影響を及ぼさない範囲で極力縮小し、設計の工夫と軽合金の多用で極めて軽量かつ低重心な張殻構造車体として完成しました。台車は近畿車輛KD-17(電動台車)・KD-18(付随台車)のシュリーレン式台車が採用され、各車体間は連接台車になりました。
資料写真 制御器は東芝MCM型抵抗制御装置を採用し、主電動機に東洋電機製TDK-800/1-A型直流直巻電動機を搭載、駆動方式は中空軸平行カルダン駆動方式です。編成MT比は、6:3(SSE化後4:2)で起動加速度は1.5km/h/s(SSE化後1.7km/h/s)でした。ブレーキ装置には日本の鉄道車両として初のディスクブレーキが採用されました。
3021F静態保存車
定期運行から離脱した3000形は、第1編成(3001F)が1983年4月に大井川鉄道に譲渡されましたが、1988年に大井川鉄道の運用から外され1993年3月に廃車となり、唯一現存する車両は、第4編成(3021F)が海老名車両基地の一画にある屋根付車庫で静態保存されてます。
※左写真は「小田急ファミリー鉄道展2011」で一般公開されたものです。
●世界記録を樹立!
特筆すへきは、3000形が営業運転に入る前に国鉄鉄道技術研究所のテスト車として約1ヶ月間借り上げられました。
曲線の多い小田急線よりも線路条件の良い東海道本線を使い「大船〜沼津」駅間で高速走行テストが行われ、1957年9月27日「函南〜沼津」駅間での試験走行で最高速度145km/hという狭軌鉄道の世界記録を樹立しました。
この成功から後の長距離電車特急「こだま」が生まれ、さらに新幹線の誕生にも大きく貢献する事になりました。
3000形は1958年1月29日に鉄道友の会より1958年第1回ブルーリボン賞を授与されました。
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3100形(NSE)
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資料 資料 資料 資料
小田急3100形(NSE) 3100形展望席 3100形運転室 3100形運転室  
●小田急ロマンスカー3100形(NSE)
3100形は1963年から1967年に7編成77両が新造されました。小田急初の「展望席」は1961年に名古屋鉄道が7000形パノラマカーを投入した事もあり、3000形(SSE)の増備ではなく新型特急車両を製造するという経緯がありました。
制御装置は東芝製(MM-56-A形)電動カム軸式抵抗制御、 主電動機は東洋電機製TDK-807-A形直流直巻電動機、駆動装置は中空軸平行カルダン駆動方式、モーター出力は110kWでした。編成は連接11両編成で設計上の最高速度は170km/h、営業運転は110km/hです。1964年度に鉄道友の会第7回ブルーリボン賞を受賞しました。
1996年3月に30000形(EXE)が投入されると6月から初の廃車(第2編成3121F)が始まり、2000年4月に運用離脱して逐次廃車となりました。現在、喜多見検車区に第7編成(3221F)を6両編成に短縮し、静態保存してあるそうです。
上の写真は小田急小田原線開成駅前第2公園に保存されている3181号車です。
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●三線軌条

松田連絡線 松田連絡線
三線軌条レール 入生田検車区
箱根登山線乗り入れ(小田原〜箱根湯本間)で技術的課題となったのは箱根登山線のレール幅でした。
標準軌(1,435mm)と小田急線の狭軌(1,067mm)との軌間差の問題です。
これに対処した方法は、登山線のレールの内側に狭軌用にもう一本のレールを敷設し、三線軌条として解決しましたが、営業線での三線軌条は、当時国内唯一のもので、ポイント(分岐器)や渡り線(クロッシング)に特殊な構造のものが開発されました。次の問題点は架線電圧が登山線600V、小田急線1,500Vの電圧差でした。これは「小田原〜箱根湯本」駅間を1,500Vに昇圧し、この区間を走る登山線車両を複電圧用に改造しました。
現在「小田原〜箱根湯本」駅間は小田急車両が営業運転をしています。そして「小田原〜入生田」駅間は三線軌条の外側レールを撤去し、狭軌線(1,067mm)のみになっています。三線軌条は入生田検車区のある「入生田〜箱根湯本」駅間に箱根登山線車両回送の為に残されました。
鉄道の軌間(ゲージ)についてはこちらをご覧下さい。
※上の写真右は箱根登山鉄道入生田検車区で出庫を待つ箱根登山線ベルニナ号1000形です。
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松田連絡線

松田連絡線 松田連絡線
左分岐が小田急本線へ向かう(JR東海側) 右分岐がJR東海御殿場線へ向かう(小田急側)
JR東海御殿場線との直通相互乗り入れをする為の松田連絡線は、小田急「新松田駅」手前にあり、御殿場線に勾配を乗り入れます。上の写真左の左分岐が小田急本線へ通じてます。写真右は小田急線本線が左側の複線で、右分岐が御殿場線に通じます。
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松田連絡線 松田連絡線
小田急20000形(RSE) JR東海371系
上の写真左は松田連絡線を通過中の小田急20000形(あさぎり4号)と右の写真は小田急小田原線より松田連絡線に入線するJR東海371系(あさぎり3号)です。松田連絡線は1994年10月から特急あさぎり号の定期運行に加え、車両メーカーからの新造車両を運ぶ甲種車両輸送列車が運行し、JR貨物が松田駅構内まで牽引します。以前は東海道線小田原駅で甲種車両輸送を行ってました。2012年3月16日で20000形(RSE)及び371系は運行離脱し、翌日から60000形(MSE)のみの定期運行になりました。
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信号とOM-ATS(小田急型自動列車停止装置)

進行信号 減速信号 注意信号 警戒信号 停止信号 小田急のOM-ATSは信号手前や直下にある地上子が車輛の速度及び種別の情報を判別し、列車が制限速度を超過していると自動的に減速させるシステムです。
信号機の手前3箇所と任意の地点で速度照査を行う事が出来ます。信号機1個に対し地上子を最大3個まで設置して速度照査をする事が出来ます。
信号機についてこちらを参照して下さい。
進 行 減 速 注 意 警 戒 停 止
制限75km/h 制限45km/h 制限25km/h 信号手前で停止
地上子 車上子 警戒信号で速度を超過していると非常ブレーキが動作します。
速度制限を受けている区間では、運転台の「速度注意」が点灯します。
速度超過をすると現示アップ(警戒→注意→減速)しても、次の地上子までは速度を上げる事が出来ません。
OM-ATS地上子 OM-ATS車上子
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小田急型デジタルATS(D-ATS-P形)
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小田急電鉄では、2009年から新列車制御システムD-ATS-P(デジタルATS-P)形の配備を進めています。JR東日本D-ATS-P形とは互換性はありませが、地上子による情報伝送とレール上に流した信号からの情報で制御に用いる方法で、現示信号と2つ先の閉塞区間の距離を伝送させ位置基準速度照査速度パターンを車両側で生成します。
そこから多段制御の速度パターンを実現して、場内・出発信号機(絶対信号機)付近や、一部の踏切や分岐器の箇所に拠点設置する事で、列車間隔を詰めて運行本数を増やす事が可能になるそうです。2011年に多摩線で試験運用を始めて2013年度までに全線で運用する予定です。
地上子
D-ATS-P(小田急60000形MSE)
小田急 小田急電鉄は、2015年9月12日の初発からこれまで設置を進めてきた新型の自動列車停止装置(D-ATS-P)の全線への設置が完了し全線での運用を開始しました。D-ATS-Pはデジタル技術を使用し、細かい速度制御を行うことが可能なシステムで、2012年3月に多摩線で運用を開始、2013年5月に江ノ島線、2014年12月には小田原線の新百合ケ丘〜小田原間にも導入され、今回残っていた新宿〜新百合ケ丘間での運用を開始しました。従来のATSでは、信号が変わった場合でも次の地上子から情報を受け取るまでは制限速度が変わりませんが、D-ATS-Pではレールを通じて連続的に情報を送る為に信号の情報がすぐに列車に伝わり、きめ細かな速度制御が可能になり、急カーブやポイントなどの条件に応じた速度制御出来ます。
D-ATS-P地上子
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※内容は随時に加筆修正を行います。
解説参照:ウィキペディア 小田急電鉄
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