箱根登山鉄道
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箱根登山鉄道の歴史

資料写真 箱根登山鉄道は1888年に小田原馬車鉄道が「国府津〜湯本(現・箱根湯本)」駅間を開業した事に始まります。その後社名は、1896年に小田原電気鉄道に改称され、現在の路線は、1919年に「箱根湯本〜強羅」駅間が開業しました。
1928年1月には日本電力と合併し、日本電力小田原営業所になります。
同年8月に日本電力から箱根登山鉄道として分社化します。
1935年に「小田原〜箱根湯本」駅間が開業します。
1942年に日本電力が持株を東京急行電鉄に譲渡し東急の傘下に入りましたが1948年の大東急の分割により小田急電鉄の関係会社になります。
2004年10月1日に箱根登山鉄道は小田急箱根ホールディングスに商号変更して純粋持株会社に移行しました。同日に箱根登山鉄道株式会社が新たに設立され鉄道事業を継承した経過があります。
1000形
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●箱根登山線の特徴

資料写真 「箱根湯本〜強羅」駅間(15.0Km)は、車輪とレールの間の粘着力だけで走る鉄道としては日本で最も急な勾配(80‰)を登ります。
アプト式以外の鉄道で日本一の急勾配の登山鉄道です。
80パーミル(1000分の80)の勾配とは1m走る間に、80mmの高さを登り、3両編成(45m)では前後の高低差が3.6mにも及ぶという急勾配で、登坂性能と装備を持った専用車輌のみが運行可能です。
カーブの最小半径は30mと小さく、車輪とレールの磨耗を防ぐ為に散水を行いながら走行します。
他に箱根登山線の特徴となる3か所のスイッチバックは、出山信号場・大平台駅・上大平台信号場にあります。
宮ノ下駅
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「小田原〜箱根湯本」駅間の運行中止

資料写真 箱根登山鉄道は「小田原〜箱根湯本」駅間を三線軌条で小田急線乗り入れと平行して運行していましたが、2006年3月18日ダイヤ改正により、輸送力増強とバリアフリー対応の為に自社車両による運行を取り止めました。
現在は4両編成の小田急普通車輌及びロマンスカーで運行されています。
2006年9月に「小田原〜入生田」駅間の三線軌条の標準軌部分のレールは撤去されましが「箱根湯本〜入生田」駅間の三線軌条は残されました。この区間には入生田検車区があり、箱根登山車輌が車両基地への入出庫で回送運転をする為です。
三線軌条についてはこちらを参照して下さい。
箱根登山電車カラーの小田急1000系
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資料写真 表
箱根湯本駅出発信号機  
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箱根登山鉄道電車脱線転落事故[1926年(大正15年)1月16日]
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小田原電気鉄道(現・箱根登山鉄道)「小涌谷〜宮ノ下」駅間の80パーミルの下り勾配を走行していた下り単行電車のブレーキが利かなくなり、加速してカーブで脱線し、築堤から12m下に落下し、民家2軒を半壊させました。
この事故で17名が死亡、10名が負傷しました。唯一、無傷だったのは途中で飛び降りた乗客1名のみでした。
事故原因は電車の運転士が速度制御に失敗したとされていますが、詳細な調査は出来なかったそうです。
検索 クイックメニュー 執筆:鉄次郎
※内容は随時に加筆修正を行います。
解説参照:ウィキペディア 箱根登山鉄道
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